闘う社労士

薬剤の副作用によって障害を負った方から、相談を受けることがあります。
病気を治すために使った薬によって、思いもよらない障害が残る。身体的な苦痛だけでなく、仕事や生活、家族との関係まで変わってしまうことがあります。
こうした方には、公的年金とは別に、製薬会社などの基金から障害年金が支給される制度が存在します。
しかし、制度があるからといって、簡単に認められるわけではありません。
医学的な判断、障害の程度、薬剤との因果関係、診断書やさまざまな資料など、多くの問題が関係してきます。
私は、こうした問題に向き合う中で、「闘う社労士」という言葉を意識するようになりました。
では、何をもって「闘う」のか。
それは**過去の裁決資料を徹底的に調べること**です。
過去に似た事例がなかったのか。どのような事実が重視されたのか。なぜ認められなかったのか。
一つひとつの裁決を読み、現在の事例と照らし合わせながら考えます。
大きな組織には、医師や製薬メーカー、膨大な資料、そして社会的な権威があります。
一人の患者が、そのような組織と向き合うことは決して容易ではありません。
私自身、副作用に対する請求で、一度も勝ったことがありません。
それでも、患者側から考えることはできます。
「本当に、この判断でいいのだろうか」
「患者が訴えていることは、十分に考慮されているのだろうか」
「過去の裁決には、何か手掛かりがないだろうか」
そうやって、一つの疑問をそのままにせず、調べ、考え続ける。
私にとっての「闘う」とは、誰かを敵にして攻撃することではありません。
**大きな組織の権威に対して、弱い立場に置かれた患者の側から、最後まで考え続けること。**
それが、私にできる「闘い」なのだと思っています。
結果を約束することはできません。
勝つことも簡単ではありません。
それでも、目の前に困っている患者さんがいる限り、私は考えることをやめない。
一つの資料を読み、過去の裁決を調べ、また考える。
その積み重ねが、患者さんの力になるかもしれない。
**権威ではなく、一人の患者を見る。**
それが、私の考える「闘う社労士」です。

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